さても お立ち合い


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太宰治といやあ、裏社会の情報通の間ではいまだにレジェンド級の大物扱い。
新進気鋭のぽっと出にはまだまだ分からないだろうが、
この男に睨まれたなら地獄の果てまで追われる覚悟をせねばならないとか、
そりゃあもうもう、ポートマフィアの首領でさえ霞むほどの恐怖伝説が付いて回る存在で。
今現在はそこに居ないから尚更に、
得体の知れない恐怖伝説が二割増しくらいで日々増量されつつあるだけかも?という説もあるらしく。
とはいえ、表向きの貌はといや、それはそれは麗しき美丈夫で、
愁いを含んだその精緻な美貌は、
響きの良い甘い声や、優美なまでに洗練された所作振る舞いと相まって、
街ゆく妙齢な女性らを片っ端から見惚れさせてく、何とも罪な男でもあって。
ただ生来の美貌を振り回しているのではなく、
愛想よく振る舞いながらも、巧妙に一線引いてその懐へまでは滅多に人を入れない。
そんなつれなさが、神秘的とも謎めきともなるようで、
素性を知らぬ女性らをぽうとのぼせさせ、
人となりを知った親しい存在へは 水臭いなぁと焦れさせてもいるのだが。

  では、ある程度踏み込める立場というか、怖いものであるものかとする唯一の存在、
  長年の腐れ縁を持ち、黒社会最強と冠された“相棒”だった存在から見たらどうかと言えば、

 「ああ"あん? 何でまたこんなところに沸くかな青鯖、大人しく海の底で腐ってろ。」
 「はて、どっからか不快な声がするねぇ。
  おや そんなところに居たの、蛞蝓くん。小さくて見えなかったよ。」

好きの反対は “嫌い”ではなく “無関心”だそうで。
相手を見りゃあムキになって言い負かそうと、喧々諤々の大喧嘩になるのが通常運転。
きっぱり無視して放って…おけないところからして、

 “イマドキの言いようを持ってくれば 嫌いじゃあないということかなぁ?” と

敦くん辺りから大いなる誤解もされているの、果たして気づいていなさるものだろか。(笑)
わざとらしくも前髪の前で小手をかざして探す振りをしてからという
ワンクッションおいてからいじる段取りも常套。
念の入った厭味な構い立てとそこから始まるマシンガン口喧嘩に、
もはや慣れ切ってる双方の付き添いその一、
虎の少年が 相手側の同じお立場の君を見つけて、
こそりと胸の前で指抜きグローブを嵌めた手を振れば。

 「……。」

イヌツゲかサツキか、膝丈の茂みをまたいでやってきた後続の闖入者。
このいいお日和にも関わらずいつもの長外套姿であるがため、
十分目立っているにもかかわらず、
人の目があるからか、ついとそっぽ向いて知らん顔を決め込みつつも。
羽織った黒外套の腰から垂らされたベルトが風もないのにやや持ち上がり、
パタパタ不自然にたなびいたのが、どうやらお返しの挨拶だったらしく。
微妙ながらそんなお愛想が出来るようになった、ポートマフィアの禍狗さんも同行していた、
黒社会が誇る “最恐実働部隊”のワンツートップが、こんな僻地で揃い踏みとあって。
国木田と共に主任さんから話を聞いていた太宰さん、
どこ行ったと谷崎くんと虎の子くんを追って来た先にての、
思わぬ存在との遭遇に、とりあえずの通常運転、もとえ脊髄反射で、
過激なご挨拶を交わすあたりは 余裕というか傍迷惑というか…。

 「……………で?」

毎度お馴染みの威嚇合戦が一通りこなされ、
ウォーミングアップはもういいかと、
国木田さんが双方へそれは鋭い一睨みを浴びせかけたことで、
旧双黒のドラミングもどきは一応終了し。
まだまだ目つきは鋭いながら、詮無いというのも判ってはいてだろう、
情報を均す必要アリとの判断から、太宰の側が改めてマフィアの五大幹部殿へ短くお声を掛けている。
女性と見まがう華やかな美貌の青年で、いかにもありあり小柄だが、(…)
これでも鏖殺に出されれば、一夜で一組織、
何なら完全武装した一個師団でさえ楽勝で抹消できる、最強の異能力者でもある中原中也は、
様々な共闘事案を介して我らが武装探偵社側とも顔馴染み。
国木田や谷崎辺りからは、
この太宰からの絡まれようへ秘かに同情しないでないとも思われているのは、
今の今 はっきり言って余談だが。
本来だったら、この現場の賑わいが静まってからこそりと侵入して調査するところだったのだろうが、
顔見知りが居たことと、勘の良い誰かさんにはすでに気配を悟られてもいようと彼らの側からも察したのだろう。
そうともなれば、面倒くさい遠巻きからにじり寄るまでもなかろと
堂々と姿を現した辺りはなかなか思い切りのいい幹部様で、

「ウチの構成員が行方不明になっててな。GPSの反応が此処で拾えたんだよ。」

心霊スポットだっていう噂もしっかと拾ってたが、まさかここで手前らとかち合おうとはなと、
いかにも不本意そうに鼻でふんと息をつく彼であり。

「わざわざ幹部が捜索に出るなんて。よほどに希少な異能持ちなのか?」

ポートマフィアは大所帯で在り、
上にはこの彼のようにたった一人で最終兵器な者もおれば、
情報集め専任者や、物資徴用担当、殺戮の後を何もなかったように整える“掃除屋”もいて、
末端は単なる事務職員だったりもするそうで。
そして、ここが重要なのが、思わぬ異能を操る異能力者をたんと抱えてもいる。
そこを踏まえて国木田が訊けば、
帽子の似合う幹部殿、さして構えずさらっと応じて、

「異能を持ってる奴や発動の気配を正確に探知できるって異能を持ってる女だ。」
「ああ、ミヤコちゃんかぁ。」

打てば響くという感のあった太宰のリアクションへ、

 「太宰さんもご存知の人ですか?」
 「というか女性だから記憶にあったとか?」

ついのことだろう、敦と谷崎からの即妙な質問が飛んで来たのへは、

 「まあね。男の名前を覚えてたってしょうがないだろう。」

そうと言ってから、
いい意味でと悪い意味での例外も居なくはないが…と言いたいか、
先鋒組の相手方二人をくすすと笑って見やった彼でもあって。

「経歴もまあまあ長い子じゃあなかったか。
 何せ、可愛いからって森さんがどっかから連れてきた子だし。」

特に含むものがあった言いようでもなかったはずが、

「ああ…。」
「成程。」

国木田までもが何かしら察したという顔になり、
それ以上の言及はしなくなった構えを見て、

「…何で探偵社にまでそれで納得されてるかな。」
「それだけ問題のある性癖だからじゃないか?」

 “容赦ないぞ、太宰さん。” (笑)

ともあれ、ポートマフィア側の二人へも、
ここがどういう意味合いから問題視されているかは通じているようで。
喧々諤々級からは落ち着きつつも やはり睨み合ってる旧双黒に気を取られている隙を突き、
心許ない、でも怯えてまでは居ない敦をちらと見やると、
谷崎という微妙に事情は通じておるまい存在を見やったそのまま、
周囲を見回す素振りに紛らわせつつ、芥川が虎の子への距離を詰める。
そんなことも出来るようになったか、
ざっくりと辺りを見回していたら、視野にもなかった存在とぶつかりそうになったという体を装い、
こそりと彼が囁いたのが、

 「もしかして、貴様、“視える”のか?」

随分と言葉を限っていたが、さすがに任務上のこととしての説明を受けたばかりの身。
何をどう訊く彼かは察しがついたか、一瞬目を見張ってから、ゆるゆるとかぶりを振った虎の子くん、

「ううん。というかよく判らない。」

淡い色の睫毛をやや伏せて、
こちらこからこそ、自身の実情を知る兄人へ訊いたのが、 

 芥川には前に話したろ?
 院長先生がまだ見えるって、でもあれは。

そこで言葉を切った彼へ、

「…うん、それは霊とは違うな。」

それはあくまでも敦少年の心構えというか気概が見せている存在であり。
世間様から 此処でも見られると噂されている “心霊現象”とはちと違う。
これも共闘の余波として誤魔化せるものか、
こうまで言葉少なな会話が通じる彼らであり。
そんな年少さんたちの様子へ気づいたか、
そしてそれに関しては“谷崎が聞いても大丈夫”という舵取りをしてくれるものか。
太宰が口を挟んで来て、

 「そうそう。聞いてくれるかい、其方のお二人。」

芥川だけじゃあない、中也へも聞かせておこうというお言いよう。
その馴れ馴れしい言いようへ、
あとからやって来た国木田が相変わらずなと表情をしかめ、だが、制止まではせぬ。
顔ぶれが増えたことと、こちらの責任者まで揃ったことで
作業員の方々も油を売ってちゃあ叱られようと思ったか、小さな会釈を残してそろそろと去ってゆく中、

「此処は心霊スポットとしてもひそかに有名らしくてね。
 ところで ウチの敦くんは、幽霊というものがよく判らないらしいのだ。」

「…え?」
「…?」

いや待て待て、こやつ結構本も読んでいるから、
霊感少年かどうかはともかく、
そういうものが人々にどう捉えられているのかは理解してるのではと。
社でその事実を知った社員らが驚かされたのと
ほぼ同じ反応になった彼らだったのへ、

 「えっとぉ…。」

そうまで奇異なことなのかなぁと、鼻白らんで仕舞った虎の少年。
凡そ、怪談だの都市伝説に出てくる“霊”とか“心霊現象”というものは、
亡くなった人の怨念が微妙だが可視化して現れる現象の話で、
生前の怨念とか 理不尽にも害されてしまった経緯への怨嗟とか、
そういったおどろおどろしいものまつわりのお話…というのは判るらしいのだが、

「でも、そういうものってどう怖いのかなぁって。
 何かされるの?
 生きてる人間の方がよっぽど怖いよね。
 穏やかな貌の陰で何考えてるか判らないし。」

「…敦?」

確かに手酷い経歴を持つ少年だが、そうまで鬱屈していたかと中也が小首を傾げたところへ、
この依頼を受けた折の問答を思い出しつつ太宰が苦笑交じりに告げたのが、

「敦くんには、心霊云々というもの、
 ただの架空の存在以外の何ものでもないらしいのだよ。」

読書家だから“亡霊”なんて言い回しは聞いたこともなくはないが、
心理圧迫による錯覚とか、そんな把握でいるようで。
もっと突き詰めれば、童話や神話に出てくる神様とか妖精のような存在、
若しくはアニメや童話のキャラクターとかいう把握でいるらしく。

「ジバニャン扱いか。」
「…何でそんなもの知ってるの、中也。」

そんなものと言ったからには自分だって知ってたらしい太宰を
キロっと睨んだ重力使いさんなのはまま置いといて。
まあ確かに、居るのか居ないのかという論争はあれど答えの出る話じゃあなし、
感覚事象であり、曖昧なものには違いない。
殊に この敦くんにおかれましては、
そんな曖昧模糊なものより生きてる人間の方が恐ろしいと真剣本気で思っておいで。
頼もしいには違いないが、この少年の嫋やかな風情や及び腰なキャラクターには合わない反応。
何だか意外だとそこは率直に思ったか、マフィアの二人が目を点にしておれば、
谷崎くんがこそりと付け足したのが、

 「ちょっと前に、こじれた夫婦の茶番誘拐事件って案件を担当したんですよね。」

一見、ものすごく清楚な奥様と知的で紳士的なご主人だったのに、
猟奇殺人犯を雇って伴侶を殺して保険金が云々って陰惨な事件になりかかったの。
それを、乱歩さんがぐいぐい先読みして未然に防いだのだけど、

「ちなみに、殺しを構えたのは奥様の側で、亭主の方もSMクラブに入りびたりのなかなかの性癖しててね。
 日常からして首絞めさせてたんで、殺意に気づかなかったかも知れぬとかどうとか…。」
「う…そっちか。」
「此処だけの話にしといてね。というかホントは部外秘な話だけど、敦くんの保護者だから教えるんだよ?」
「お、おう。」

太宰のざっくりした説明へ、中也が思わず首のチョーカーに指先をねじ込んで緩めかけたほど。

 “一般人も存外 怖ぇえ……。”

何たって慣れがないので、
土壇場で追い詰められるとそのまま逆上しちゃって、
後先とか損得とか考えませんからねぇ……って、これは誰の感慨だったやら。

「で。谷崎くんらは、ここの人たちから何を訊いたのかな?」
「あ、えっと。」

ああそうだったと、聞き込みの成果を思い出し、

 「此処で起きてる騒動というのが、
  微妙にそういう肝試し系のことじゃなさそうだってことですかね。」

谷崎くんの言いようへ、太宰もうんうんと感慨深げに顎を引く。
彼らもここの主任、監督さんからその旨を訊いて来たのだろう。

「そう。今回の案件というか依頼というかの根幹は、
 行儀の悪い若いのが心霊スポットだと勝手に勘違いして潜り込む話じゃあないらしいのだよ。」

 でもね、主任さんは微妙に霊が関わってるかもしれないんじゃないですかねなんて言ってたよと、
 長い睫毛がけぶるようになる伏せ方をして頬笑んだ太宰。というのも、

「物が次々無くなって、終いにゃ重機のショベルカーまで消えたそうで。」

そこまでは敦らも聞いたが、それには続きがあったらしく。

「不思議なことには、そのショベルカー、数日後に呆気なく戻って来たらしいんだが。」

ただ戻って来たのじゃあない、

「前日結構な雨が降った朝に現場に戻ってたんだけど。
 周辺の地べたには、キャタピラの跡も、積んで移動したキャリーのわだちの跡もなかったそうだよ。」

「…え? それって?」

摩訶不思議と此処の作業員の間で怪談ぽく語られてたこと。
影が立ったの、裾を引かれたのという薄気味悪い気配的なものより
うんと実際的な奇異が起こってたらしく、

  しかもしかもと、太宰はちょこっと意地悪そうな貌になり、

「此処で紛失したものらは、3日後に戻ってきているそうでね。」
「…3日。」
「全部ですか?」

おややぁ? その短期集中行方不明って、どっかで聞いた神隠しと同じでは?






to be continued.(18.05.20.〜)




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 *もしかせずとも、例の方々再びな展開かもですvv